脚本 に自分の生き方が現れる

他人の 脚本 でも、自分の 脚本 でも、脚本 を読んでいて
怖いようにも、嬉しいようにも思うのは
書き手の生き方や考え方が現れてしまうこと。

自分に誠実に生きていない時に描く主人公は
肝心なところで自分を裏切るような選択をする。

やるべきことから逃げてばかりの時に描く主人公は
真に立ち向かうべきことに対して
いつまでたっても、クライマックスでさえも立ち向かわない。

ダミーの敵に立ち向かい
問題を解決した気になり
ハッピーエンドのふりをする。

脚本を学んでいる人の中には

「主人公を酷い目に合わせるのが、とにかく苦手」

という人が多いです。
私自身、それが課題だなと思っていたことがあった。

「脚本を書く人は良い人が多いからね」
なんてことを聞いて、ちょっと安心して。

でも、そんな耳障りの良い言葉で片付けていいのだろうか。
面白いものを書きたいのなら、それで納得している場合じゃないのでは。
という疑問が湧いた。

面白いものが書けないのは、自分の人生がつまらないからじゃないか。

自分は、自分の人生を、ちゃんと築き上げてきただろうか。
立ち向かうべき敵に、立ち向かってきただろうか。
超えられそうにもない課題を、超えようとしたことがあるのか。

自分の本当の望みを、どれだけ知っているのか。

そんなことを考えるようになって
色々なことを試してきて
絶望しては復活することを繰り返しては

結局、生き方ありきだな、と思うようになりました。

今でもそんなことを考えながら、 脚本 を書いています。

自分の人生に誠実であることを、大切にする。
そういう誠実さを持った人と、関わっていきたいと思っています。